※この記事は我が家の体験と考え方をまとめたものです。住宅の購入や移住を勧めるものではありません。住む場所の正解は、家庭の状況や価値観によって大きく変わります。
家を買うとき、私には絶対に譲れない条件が、ひとつだけありました。
それは、「妻の実家の近くに住むこと」です。
我が家は「同居」ではなく「近居」を選んだ
我が家は、妻の実家まで徒歩3分のところに家を買いました。
同居ではありません。近居です。歩いてすぐだけれど、生活は別。お互いの暮らしには踏み込みすぎない、ちょうどいい距離だと思っています。
ちなみに私の親は遠方です。だから今回の話は、あくまで「妻の実家の近くに住んだ」我が家のケースとして読んでください。
近居は、共働きを続けるための「必須条件」だった
家を買うとき、私は絶対に妻の実家の近居にすると決めていました。
理由はシンプルで、正社員の共働きを続けるうえで、これが必須条件だったからです。
だから、近くに中古の売り物件が出たときは、速攻で入札を入れました。値下げ交渉も少しはしましたが、ガッツリは攻めませんでした。どうせ絶対に買うつもりだったので、そこで粘って逃すほうが怖かったんです。
(実は以前、家を“現金一括”で買った話で「その土地にどうしても住みたかった」と書きました。その理由が、まさにこの“妻の実家の近居”でした。今回はその種明かしでもあります。)
近居にして、本当に助かっていること
近居の効果は、子どもが生まれてから、はっきり実感しました。
- 保育園の送り迎えを頼める
- 子どもが急に熱を出しても、仕事を休まずに済む
- 小学校に上がった後も、学童のお迎えをしてもらえる
正社員の共働きにとって、これは本当に大きい。「子どもの面倒を見てもらえる」=「安心して働き続けられる」という価値は、お金には換算しにくいけれど、間違いなく我が家を支えてくれています。
正直に:気を使わない? → 最初だけでした(笑)
「妻の実家のすぐ近くなんて、気を使わない?」とよく聞かれます。
正直に言うと、最初は気を使っていました。 でも今は……全然使っていません(笑)。慣れというのは大したもので、今ではすっかり、ほどよい距離感でやっています。
近居は、我が家にとって最強の「保険」だった
ここが、いちばん伝えたいところです。
近居の最大のメリットは、子どもの面倒を見てもらえることで、安心して共働きを続けられること。そして、共働きを続けられるということは、家計の黒字=投資の種銭が、止まらずに増え続けるということです。我が家のFIREのエンジンは、この近居にかなり支えられています。
実際、近居のおかげで、夫婦のどちらかが頻繁に仕事を休んだり、働き方を大きく変えたりせずに済みました。 収入を維持したまま家計の黒字を投資に回し続けられたことは、我が家の資産形成にとって、本当に大きかったと思います。
さらに、メリットは子育てだけではありません。親が高齢になっても、介護や世話がしやすい。 近くにいれば、お互いに無理なく支え合えます。今は親に助けてもらっていますが、いずれは私たちが支える番。近居は、その時にも効いてくる「お互い様の保険」だと思っています。
正直に言えば、私の親も近くに住んでいたら、もっと助かったなとも思います。実家に帰るための時間も交通費も節約できますし、子どもの世話も両家で分散できる。そこは少しだけ、惜しいところです。
FIREとのつながり:お金で買えない「時間と安心」
私がFIREで本当に欲しいのは、お金そのものより、「時間」と「安心」です。
近居は、その「時間」と「安心」を、FIREを待たずに少しだけ先取りできている状態なのかもしれません。子どもを安心して任せられて、夫婦で働き続けられて、いざという時は支え合える。数字に出ないけれど、これも立派な“資産”だと思っています。(お金で測れない価値の話は、家を現金一括で買った記事にも書きました。)
おまけの持論:結婚相手は“地産地消”が最強かもしれない
最後に、かなり個人的な持論をひとつ。
もちろん、結婚相手は本人との相性がいちばん大事です。それは大前提。そのうえで、子育てや親との距離まで考えるなら、地元同士の結婚には、思った以上のメリットがあるのかもしれません。
子どもを安心して任せられる人たちか。近所に住んでも、気持ちよく付き合っていけるか。そこまで考えると、結婚相手は“地産地消”——つまり地元で見つけるのが、案外いちばん幸せなのかも、なんて思うんです。
打算的に聞こえたらすみません。でも、これだけ近居に助けられていると、半分本気でそう思っています。
まとめ:我が家は「暮らしの最大化」を選んだ
住む場所に、唯一の正解はありません。同居が合う家庭もあれば、遠方でたくましく頑張る家庭もある。
でも我が家は、近居という選択で「暮らしの最大化」をしました。 お金の面では、もっと有利な選択もあったかもしれません。それでも、共働きを支えてくれるこの環境は、数字には表れない大きな価値を、毎日くれています。
お金は最大化できなくても、暮らしは最大化できる。私はそう思っています。
